2021/05/16

そういえば、私は9歳10歳ごろから場面緘黙で、2014、15年とか公務員になろうとしてたけど、(2017年までなろうとしてたけど)、自分の喋れなさ加減、人前での自信のなさ加減に絶望してて、受けてはいたもののとても無理だと思っていた。霞が関なんてとても無理だと思っていた。(最終的には永田町を受けたけどだめだった)。

それが、場面緘黙がほぼ治ったのは20代後半だ。前職バイト先に働き始めてからだった。
連絡事項を伝えなきゃいけないし、職場はけっこう騒がしいから大きな声で言わなきゃいけないし、皆さん可愛がってくれたから、普通に声を出すことができた。
そうして治っていった。

子供の頃母が、大人になったら治ると言っていて、ずっと治らなかったからとても信じられなかったけど、30前後でようやく治って、なるほどなと思った。時間かかりすぎw

場面緘黙ながら軽音サークルでボーカルをしていた。ステージで歌ってみたかったから、喋れないのが足枷なんかになるのはいやだった。だから人前では歌えた。MCはまったくできなかったけれど。

喋れない状態で就活は非常に厳しい。人生を進展できたのも、こういう突破があったのもあるのかなって思ったり思わなかったりする。

前職にはとても感謝している。とってもたのしかった。

10年

 10歳の子がはたちになったら全然ちがう。

私のこの10年はほとんど停滞だったけれど、ようやく前へ進むことができる。

生活拠点も元に戻った。しかし、人生は進展した。


今日、一つお願い事をしていい場所で、一つお願い事をした。

すると、夜に転機があった。

過去と決別しなければならない事実を知った。

他人の人生に思いを馳せ、そして、私もこれからの人生を楽しいものにしようと思った。


今自分の周りにいてくれる人を大事にしよう。

昨今の世の中、なかなか人に会えないけれど、友達を大事にしよう。

平時に戻ったら、たくさん人と遊んで、たくさんお絵描きもして、楽しいことしたい。

人生の停滞が終わって普通の生活を再開したら、それまでなんともなかった孤独や虚無が、実はけっこうきついものであることが分かった。