2017/07/26

今年もみたらし祭

夏の風物詩。今年は有頂天家族とのコラボでキャラクターのパネルや、キャラの奉納提灯もあった。
池は凍えるほど冷たくて、しばらくすると慣れてくる。地元の幼馴染が来てくれて一緒にぶらぶらした。このごろは季節が意識しないうちに来てはいつの間にか去っていくので、こういうイベントがあると意識に残る。

それから、旧三井家下鴨別邸が公開されていたので入ってきた。以前からなんかお屋敷あるなーと思ってて昨秋公開が始まって気になっていて、この機会にいくことができた。

みたらし団子がおいしくて満足。













2017/07/09

高校3年生の7月10日から明日で10年経つ。
私は何か進んだろうか。あの人はどこへ行っただろうか。

一人暮らしを始めて数ヶ月で激太りして、数年そのままだったけど、去年の春から半年かけて元に戻した。もっと若いころに女の子たちが楽しむようなお洒落をする術を、私はそのころ持っていなくて、今になって取り戻したいと思っている。

2017/06/30

いつの間にか20代も後半30歳に近くなって、高校時代の友達はみな結婚し、もうすぐ子供が生まれる子もいる。昔の友人ももう3人目がいたりする。

焦っても仕方がないことだけど、やっぱり既婚と独身とでは、こちらから見てだけど、心理的な隔てができてしまうんだろうなと感じている。

年齢を重ねるごとに他のみなは人生のステージを進んでいくが、私はとくに変わらず歳だけ取っていっている。でもまあ、去年はいろいろ気づくこともあったし、そのことに関してはこのさき生涯悩むことはないと思うから、いくらかは進歩しているのだろう。

若さは過ぎ去っていくが、私が歳取った分ほかの人も同じように歳を取っていて、まるで自分一人だけ歳とったように感じていたけどそうでもないんだろうなあ。

とりあえず、いい歳になってきたので、今のことがおちついたら出会いでも探しにいこうかと思っている。

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就活中、「何のために働くのか」といった問いがよく現れるが、やりがいとかなんとか、よくある抽象的な理想主義的な答えが様々提示されていて、でも誰もはっきりと自信をもって答えているものじゃないように思えて、就活におけるそういう問いになんだか反吐が出るように感じていたけど、答えは「食べていくため」に他ならないと、自分の中で確立した。
猫らは自分で食糧を狩っていた。人から定期的に餌ももらっていたけど、自分でも狩っていた。一方で、私はいろんなものを消費しているけど、それらは全部自分で生み出したものではなく、すべて誰かがどこかで作ったものだった。
中学か高校のときに、産業は技術が発達するにつれて第一次産業から第二次産業、そして第三次産業へと移っていくと習ったけど、それが何を意味しているのか全く解っていないまま、そういうものとしてそのまま覚えた。でも、その意味はこういうことだったんだろう。すなわち、技術の進歩によって、1人の人間が生産できる食料や、生きるのに絶対必要な物の量が増えたから、それを分けてもらうために自分も人の役に立つことをする。文明の複雑化によって必要なものも多様になるから(娯楽とかも含めて)、いろんな分野の”人の役に立つこと”を選んで行う。技術の進歩が分業を可能にした。そうでなかったら、みな自分の生きる糧を自分で手に入れるために狩りをして、自分の衣服や住居を自分で作ってとしなければならなかったろう。

こういう当たり前のことを、きっとほかの人は当たり前に解っているのだろうけど、私が気づいたのは本当にここ1年くらいのことだった。
「稼ぐ」ということ以外の「働く目的」を就活で求められて、「社会貢献」だと答えるのは、人の役に立つことが仕事なのだからそれは当たり前のことだし、やりがいはあったほうが楽しいに決まっているし、猫たちは自由に暮らしていたし、やりたいことをしたらいいだけのことだった。

だから、たぶんもう、いわゆる”何のために働くのか”みたいなことで悩むことは自分はないし、食べていくために働いて、かつやりたいことをやって楽しむだけだ。

2017/06/07

ほたる

2か月前にほたるが亡くなった。一番仲のよかった野良猫である。

3月くらいから元気がなくなってきて、最後にはほとんど姿を現さなくなっていたが、
亡くなる前日に這い出してきて、世話されているご婦人と一緒に保護した。

きっとご婦人の話している声が聞こえて助けを求めて出てきたのだろう。ふつう猫は死ぬ間際は姿を隠すというけど、あいつは出てきたのだ。

ガリガリに痩せ細っていて、元来の釣り目がさらに釣り目になっていた。チュールをやるとぺろぺろ食べたが、ほかの餌は食べなかった。
そのあとほかの世話されてる方も来られて体を綺麗に拭いてあげていた。私はこれが最後になると思い、撫でて写真を撮った。

それからほたるどうなったかなあと思っていたが、亡くなったと数日後に人から聞いた。あのあとご婦人がご自宅に連れて帰って、翌日亡くなったそうだ。

やつはほんとうに稀有な野良猫だった。とってもいいやつだった。あそこには他にもたくさん猫がいるが、あいつはどこか違っていた。気高く臆せず強いおとこだった。

なんだかあれな言い方になるけど、悩んでいる私に生きるということについて教えてくれたのはフロムとアドラーとほたるさんである。
今度はもっといい生き物に生まれてくるといいね。

2017/05/31

最近

最近よく東京に来ている。以前は外国という感があったが、だんだん薄まってきて、大阪ととくに変わらないと思うようになった。
新宿に来始めたときも、よく知らない土地だからかすごく治安が悪そうに感じられてビクビクしながら歩いたが(大通りに子ども囲碁教室とかあって、「子どもが一人で来ても大丈夫な所なのか!!!?」と驚いた)、だいぶ慣れてきてふつうに歩けるくらいにはなった。

新宿へ来るとよく新宿御苑へ行く。いかにも都会の中のオアシスで、一面緑の広い公園である。木々の上に背の高いドコモタワーがすっきりと見えて眩しい。
新海誠の『言の葉の庭』の聖地なので来るようになったのだが、のんびりできてお気に入りの場所になった。『言の葉の庭』を見たのは27歳になる少し前で、人生に立ち止まっている27歳のヒロインが自分に重なって見えたのだと思う。新海作品の中で一番好きだ。

もともと東京に行きたいとは思わなかったけど、なんとなく新天地に行かなきゃと思って、このままじゃだめだと思って、東京を目指したけど、居住地に適さないと思われたコンクリートジャングルはごく一部で、少し離れればごく普通の住宅地なのだと分かった。駒場東大前から明大前を経由して渋谷に出たが、電車の車窓からの景色は京阪からみる宅地の景色とさして変わらなかった。

きっと知らない場所はまだまだいっぱいあるから、わかってくるともっと楽しいかもしれない。