2012/05/23

金環日食

昨日(21日)はすばらしい金環日食であった。農学部グラウンドで観測会があると聞いていて、どうしようか迷ったのだけど、結局かねてからここへ行こうと決めていた場所へ見にいった。
(農学部グラウンドには8000人が詰めかけたということで、行かなくてよかったw。でも、8000人がどれほどなのか見当もつかないので、見てみたかった気もする。後で一応グラウンドにも行ってみようと思っていたので、日食後に様子を見にいったのだけど、すでにがらんとしていて、十数人の人たちが片づけをしていた。)

行った場所は多いときで30人くらいがいたと思う。ある同好会の知らない方に、ピンホールで映し出した三日月のような太陽を見せていただいたり、知らない方々に遮光板を貸したり、知らない方に金環時のきれいな写真を見せていただいたりして、とても楽しかった。大学の警備員さんも一緒に楽しんでおられた。

最初、その場所へ行ってしばらく一人で見ていたら、偶然(?)友人たちも来て、一緒に見ていた。かなりはしゃいでいたと思う。楽しかった。そらがすばらしかった。こもれびがいい感じにまるくなっていた。金環のときはあいにく、遮光板に見える太陽が小さいせいか、ほんとにちゃんと輪っかになっているのか、細くてよくわからなかった。

金環が終わり、欠けが小さくなってきて、友人たちは朝食を食べに行ってしまったので、それから日蝕が完全におわるまで見守ることにした。陽射しが強くなり顔を袖でおおって、遮光板を目元に当てながらベンチで寝っ転がっていたので、きっと変人だっただろう。周りの人は、もうあまり日蝕を気にしていないようだった気がする。

太陽が月に隠れていくとき、そらは夕方のようになんとなく暗くなり、でも青いままで、綺麗だった。まさにめったに見れるものではない。そのときの写真を携帯の背景にしたら、ホーム画面にするたびいつもダイナミックだ。その青空にTwitterのアイコンの青がまたよく合うのである。w

2012/05/22

「肉体はこの“時”間と“空”間に拘束されている。まさしく、時空を越えて過去の人間に会いに行くことはできない。一度瞬きすれば、もう瞬きする前の自分には戻れない。ほらこうやって無意味な考えをしている内にも。時の移ろいと奥行きのなかで、不可抗力的にこの肉体は衰える。嗚呼、私はこの世に生を受ける前のこの世を知らないように、何千年もこの世を生きて見続けることはできない。
躰は単なる容れ物ではないのだ。躰が自由でなければ、自由でいられないのだ。体は私を拘束し、私を自由にする。」


「手の甲は露骨に老いを露す。細かい皺。ほんの何年か前とは明らかに違う。幼い頃、四十代だった母の手を見ながら、四十代になるとこういう感じになってしまうのかと思ったのだけど、今自分の手を見ていると、こうしてそのような手に近づいていってるのを感じる。この、生き物としての衰えはまだまだ初期だが、間違いなく始まっている。以前年下の上回生に、「ハタチ過ぎたら老化が始まるからね~w」と言われたが、ハタチではまだそんなことはないように思うけど、少し過ぎたら本当に始まってしまうのだと実感してしまった。それは正直、手の甲以外の場所にも表れてきている。
いくら見た目が幼いと言われても、自分のヒトとしての身体も例外ではない。それは、身長の伸びが止まってしまったころに感じたソレや、高校卒業後に日焼け跡が一年経っても消えなくなってしまったときのアレに近い。」

2012/05/17

毎日夜が来るのを楽しみにしている。 なんだかよくわからないや。今の状態は。 懲り懲り。なのにさ。 ひとを信じてもいいのかわからないや。わからないや。 ねむい。

2012/05/12

「道」について書きなさい.

嗚呼、とても楽しい休日だ。


3日くらい(?)前から気になることがあって、気になっているのだけど、まあ気にしないほうがいいのかもしれぬ。でも忘れたくはないな。


高校入試の時、国語の作文の問題で  「道」について書きなさい.  という問題があった。400字くらいだったとおもう。そこで私は何を思ったのか、何を血迷ったのか、道路について書いてしまった。
 (ほんと正常な判断力をなくしてしまって、たとえば人生についてだとか、そんな抽象的な話題でいいのか? という訳の解らぬ思考に陥り、字の表わす具体的意味のまま、道について書いてしまった。)
家に帰ってから親にさんざんいろいろ言われた。中学の先生は以前から「作文0点で受かった子は今までで一人しか見たことがない」と仰っていたので、もう、落ちたかもしれないという不安でいっぱいだった。作文の練習として書いていた書道について書けばよかった、とも後になって思った。

結果、合格できたのだけど、成績開示を見ると国語だけ他の科目より20点ほど低かった と思う。たぶん内容が悪かったのだろう。高校二年か三年の時、国語の先生が授業で仰っていたのだが、「君らのときは「道」についてでしたね。作文の採点をしていると、皆同じようなことばかり書いてて飽きてくる。そんなとき、たまに、ほんとうにその辺の道路について書いている人がいるんですね、「おおっ!」ってなりますよ。新鮮で、好感度高いですよ。」という感じのことを言ってらしたので、きっと私のは内容が宜しくなかったのだと思う。


今ここにいる方向性は惰性の延長なのかもしれぬ。ここにいるのは決して惰性ではないけれど。
高校時代私はとりあえずKUに行きたかった。高二の真ん中で文理分けがあったので、そこでもう志望学部を決めねばならぬことになった。学部はKUに在る学部から消去法でだいたい選んだ。興味のないのは消極的に、あるのは積極的(?)に。行く手にのこったのが法・理・医だった。
 医は人の命に直接関わるから私には無理だと思った。それで理と法が残った。理を残したのは、小学生のころ宇宙が大好きで、科学者になりたいと思っていたことがあったからだ。ただ高二の真ん中の時点で私は理科が全然できなかった。また、理学部に行ったからといって、将来何になるのかなんてまったく見当もつかなかった。
一方法を残したのは、漠然と公務員がいいなぁという気があったからだ。職が安定しているし。(でも、どんな道に進むとしてもやるならとことんやりたいとは思っていた。)

文理分けの最終希望調査の前日まで決まらなかった。その日、担任の先生に面談してもらって、そこでは「じゃあ、明日は理系でだすか。」ということで話は終わった。私は全然整理がついてなかった。帰ってまた考えて、結局次の日、文系で希望を提出した。

 たぶん、将来のこととか、数学的ひらめきを自分は持ち合わせていないことや、高三の一年間で数Ⅲ・Cをやらねばならぬこと、またそれらが難しいと聞いていたこと、ついでに理科が当時全然できなかったことを気にしなければ、殊に将来のことを気にせず、純粋に興味だけで選んだら、私は理系に行きたかったのだろうな。


 あのころ考えすぎてごく普通の判断ができなくなっていた。頭の中訳分からぬ状態だった。私は浪人したくなかった。(これは自分以外のプライバシーにかかわるのでここには書けぬが、)ある身近な人の場合を考えたら、私はそうなりたくはなかった。だから最初から文系にしようと思ったのだ。(結局何浪もしてしまったからそんな心配は無意味だったw。それに、その人の道はその人のものだから私には関係がないのに、なんでそんな思考をしてしまったのか、ほんと意味がわからない。)

文系に進んだ後も、卒業して浪人してた頃も、文系に行ったことを後悔していた。かといって理転しなかったのは、理系に行ったからといって具体的に何かしたいことがあったわけではなかったからだ。(仮に最初から理系に行っていたとして、そのときはきっと大学に入ってからいやでも見つけなきゃいけなかっただろう。)

KUに落ちて諦め、大学に入学したところで出会った学問は面白いものであった。それは社会科学の一つで、それまで「社会科学?社会なのに科学?意味不明」と思っていて、しばらく自分の学んでいることが社会科学であることを知らなかった。 あとになってKUを諦められなくなり、再び挑戦しようと思い、KUに入れたら集中してこれをできる!という気概であった。いつの間にか理系に行けばよかったというのを忘れ去っていた。まぁ、とにかくKUに入りたかった。

ここに来たことで、前に続けうる道は限られてしまったように思うけれど、どうしたらいいんでしょうかね、就職。(^ω^) 学ばなきゃね

・・・なんか、ここでこうやって晒しちゃって、恥ずかしい/// ←
まぁ、そんなに見られることはないだろう ないよねー
ぼくの後ろにできた道でした.


すっかり緑になったよねー
スマホからだと写真をupできないのを忘れていた。そして文字が最強に打ちにくい。
ここ数日、とても変なんだ。よくわからない。


数日前に書こうと思っていたこと、日が経ってしまうと書く気がほとんど無くなってしまった。ことばは思考が熱いうちに紡ぐべきだな。

2012/05/06

らくがき
ねこ
わー

漫画チックな絵をかくのはめっぽう久しぶりである。

明日から講義が始まるらしい。遅れをどうしようか。やる気をください。←

2012/05/02

雨の御路

この2,3日の間に自分のしたいことの方向性が見えてきた気がする。まあ、漠然としているのでそのうち変わるかもしれない。方向性というのは、ぼんやりとこうあったらいいなという目標(目的)であって、それを実現するためにどういう手段(道)を採ればいいのかはまだわからない。

むかし、いつだったか、自分が生まれる前もこの空は青かったのか、数十年後も青いのだろうかと思った。 あるときには白黒映像(たぶん世界で初めて撮られた映像)を見ながら、白黒でも青かったのだろうと思った。

おそらく、ひどい大気汚染や天変地異が起きない限り、何百年後もそらはかがやき続ける。
ただ、そのそらを見る人々は、それを美しいと感じるだろうか。
遠い未来でなくても、いま絶望のどん底にいる人が、この景色を美しいと思うだろうか。

法学経済学本館の教室で、座る席がなくて(よく探せばあったのだろうけど)後ろのほうの窓辺に座りながら、附属図書館前の雨にぬれる赤レンガ風のみちをたまに眺めたりしていた。雨はあまり好きでないけど、ぬれてかがやく赤がしっとりと美しい。行き交う人はたいてい学生。講義の話は、自動車でひとをひき殺した場合の例。


嗚呼、目標を実現するためには、法を道具として身につけねばならぬ。不完全な人間が作ってきた法律。あまり好きではない。
ただ、それは先人達の努力の結晶である(というのは某映画の受け売り)。
実感がなくても、知らないうちに、社会を制御し統制している。法など知らなくても生きてゆける。
でも、知らないといけない。自分の道具としなければいけない。

こう書いてしまうと法曹に進むのかと思われそうだが、私は法曹へは行かない、たぶん。争いごとは嫌いだ。わざわざ他人の争いに首を突っ込みたくない。
まあ、弁護士の場合だと、仕事は裁判ばかりじゃないと聞くけど(知らんけど)。

自分の中でまだ漠然としているので具体的には書けない。

そんなに壮大なことを思い描いているふうには思わないけど、現時点での自分の状態からすると結構壮大かもしれない。まず講義についていけてない。
頑張れば何とか為ると思う。がむばれば。 手段はまだわからんけど、実現するにはたぶん上り詰めないといけないな。はは。