先日blog書こうと思ったけど勘違いから書けなくて、Twitterにメモしたやつを
自分のためのメモとしてリンクにしとく。
8月19日のtweets @doublemachen
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2012/11/28
twitterのdoublemachenのアカを完全に消してしまおうと思うのだが、書いたメモを残しておきたいのでアカを一時的に復活させた。あとでまた削除する。
以下そのtweets
何かを学ぶのに四年とは短すぎる気がするけど、逆に言えば、四年あれば大学で身につけるべき知は身につけられるということか。
この国の平均寿命が80年前後で、それなら相対的に(大学生の大半が若者であると想定して)社会に出る前に若者が知を身につける期間としては妥当な長さなのかもしれない。
昨夜、二年前のことを思い出していたら、昨年の記憶よりも活き活きと思い出していた。あのころは学業面ではちゃんと大学生をしていたのだ。
昨年はあの事で現をぬかしていて、この前の前期はその事で現をぬかしていて、あの事とその事は形態は違えど、本質的に同じで、これは私にとって大きな弱点であるようだ。
それから、ちゃんと大学生をしていたころは、Twitterをしていなかった。Twitterのおかげで実世界の辛さから逃れられたけど、それが過ぎ去ったあとも、ネット世界に精神の大部分を住まわせていて、果たすべき義務からも逃れようとするようになった。現実をちゃんとは直にしていなかった。
あのころは現実の世界しかなかったから、其れに常に直面していたし、しなければならなかったから、現実に対し真摯に?直に?生きていたんだ。
(Twitterも現実世界ではあるけれど。)
今まさに人生の岐路に立たされているからか、ぜんぜん知らない方面が魅力的に見える。
法はまさに実学で、eventがあったとき、これはこう当てはめる、これはこう使う、と当てはめていく作業で、それはまさに規定であり、心理の探求などで話さそうだ、と今の私は思っている。
法を作るのはまだ真理の探索かもしれないけど、当てはめるのは機械的作業だ。もちろん人間感情というか道徳倫理は基礎にあるだろう。(感情が法の基礎にあるというのはおかしいと言われそうだ。)
決められた規定を小手先で操り、(といってもそれは生活社会の中で重要なもので身につければきっと自己のためになるものだが)その方法を学ぶというのは私の脳味噌には甘美ではない。法を作るのは楽しいかもしれないけど、法を一生の生業にしていくのか?
それは余りにも淋しくないか?
私が二者択一で決めかねている道はどちらも法を生業とするものだから、もちろんやりがいのある仕事だけど(その仕事に就ける能力があるかは棚上げにして)、だから、別の方面に心惹かれたりしてしまっているんだ。
政治学の入口をききとして学んでいたころは後悔などなかったのに、法学から逃げようとして後悔してしまっている。
文理分けの頃、頭変だった頃、どんな勉強でもやってみて理解できたらおもしろいんだって思ってたけど、もちろんそうだけど、自然と、自分の性質として何を甘美に感じるかって、やっぱりあるんじゃなかろうか。
ここで“甘美”というのは、食べ物の好き嫌いみたいな、大好きなものもあれば、ふつうに好きなものもあるし、食べれるけど好きじゃないものもあるし、そういう、理屈じゃないもの。
私は数学苦手だけど、好きだったし、入試の話で言えば私学は数学で受けたし、京大はいつも数学で落ちてたけど、それでも数学好きだったし、それに、そういえば高校の試験で満点取ったことあるのは数学だけだったし、何回か取れたし、数学が不得手とか、
そこまで気にすることなかったんじゃなかろうか。でも現実として数学で落ちてきたし、よくわからないけど、ひょっとして数学できる人って、何かの線を越えてるんじゃなかろうか?とか勝手に想像してる。実際どうなんかな。数学してる人に聞いてみたい気がしなくもない。
確率の問題やってて、採点してもらう宿題で、ぜんぜん解けなくて、もうあかんわ分からんまま出して解答教えてもらおうと思って、でもまだ時間あったしわずかな?可能性にかけて、頭こねくり回して制限時間超えても一時間くらい(以上だったか忘れた)考えてたら、糸口が見えてきて、
きたない図になってたけど最後まで自分の答えを出せた。提出して返ってきたら正解だった。あれは感動だった。
一郎目に塾の問題解いてた話。
あれ以来確率が好きになった。出来るか出来ないかは別として、ていうかあまり出来なかったけど、好きになった。
ただ、浪人してたとき、看護に進学してた友人と遊びに行って、彼女は、大学で数学ぜんぜんやらなくなったからさみしいって話してた。高校ではいい点とることが総てで、やってきたのに、やらなくなったからさみしいって、引越の整理して数学の教科書とか出てきて寂しくなったって話してた。
理系である看護で数学要らなくなるなら私が目指してる法学部では絶対要らなくなるだろうし、今私がやっている数学は結局やらなくなるのか、と思うと、しばらく数学やる気が消えてしまった。
それからなのか分からないけど、実生活で具体的に“用を為さない”ものへの引力がなくなっていた。
でも、私が今ひかれているのは、そういった分野なのだよ。きっと、逃げているんだ。総てを甘く見ているんだ。
そういや、小学校5、6年の頃に、科学者の夢をやめてしまったのは、科学者とか何か製品を作り出してそれを売ってお金を得ているわけじゃないのに、どこからお金得られるんだって思ったからだ。それはうちが製造業である影響からだけど、あとから考えればそんな職業いっぱいあるのにね。
教師だって公務員だってそうなのに。第三次産業多いのに。
高校時代、三年のときだったか、中学から一緒の理数科の友達と、学校に向かいながら喋ってて、数3かCの話になって、「そっかぁ、おまえ数3Cやってないねんなぁ。なんかおもろいな。」って言われた。あのとき感じたのは軽い屈辱だったのか ?
中学で負けなかったのに><
あの子は高校時代から目指していた、高校のOBで京大の教授の研究室にいる。院にいる。
ほんま、自分の頭訳分からんくて。法と理と医で迷ってて、中学のときから理学療法士になりたいといっていたあの子が急に医学部にいくと言いだし、それなら、医者になるという夢はあの子が叶えてくれるだろうとか思って潔く?諦めた。結局あとになってあの子は「別に臨床したいんじゃないし。血も
こわいしw」といって、工学部へ行ってしまった。そういえば、もうひとり工学部行った友達が言ってたけど、ほんとに逆ハーレムみたいねw
はぁ。
このまま行けば私は国家総合職を目指すことになる。私は人の何倍も時間がかかるし、塾に行かないと無理だろうからと、はやくこの一ヶ月くらいで答え出せって、親に言われてる。塾代出してくれるらしい。ありがたいことに。
これでいいのか分からんけど代替案も見あたらんねん。
公務員は安定してるから、ずっと、公務員がええなって思ってきたけど、私は『幸せになるために生まれてきた』のだから、冒険してみても大丈夫だったんじゃないかな。
これでよかったんかな
以上。
これらは8月19日のtweetsであり必ずしも今も全く同じ考えというわけではない。
さて、もっかいアカ消すか。
2012/08/26
2012/06/24
ねむれない
ねむれない。眠る努力をしていない。眠るために努力はするものなんだろうか。
昨日は体調を崩してしまって、学食で朝昼兼用の食事をとり、薬と食糧を買って帰ってきてから、ほとんど横になっている。近頃の例の如く昼寝をしてしまったので全然ねむれない。今日は久々な友人たちに会える。楽しみ。早く寝なければ。
どうでもいいことだが、女であることが楽でもあり、わずらわしくもある。
クスノキで一晩中そらを見ていたい。バッグパックひとつで旅してみたい。なかなか難しい。 そして私は出会い厨でない。リアルでコミュ賞である。
知らない人についていってはいけない、とは、小さい頃から言われていたはずなのに、何故忘れていたのか。馬鹿である。そして、怖い。
ずっと前に友人から、何かジェンダーについての本を一冊読んでみたらいいと勧められた。気づかないうちに普段どれほど縛られているか気づくことがあるそうだ。私はジェンダー論というのは食わずぎらいだし、せっかくだから、いつか読んでみようと思う。←メモ
確かに高校入ったころ、社会的性を強く感じるようになっていやだった。別に何かから外的圧力があったわけでは全くなく、ひとりで勝手に感じていたけど、いやだった。しばらくして、どうでもよくなった。そんなこと考えても実生活でなんにもならないから。どうでもよくなった一方で、こうやって擦れていくのか、と思った。別に大人になることは擦れていくことには限らないけど、なんか、大人になるにつれ擦れるというのはこんな感じなのかと思ったりしてた。
ジェンダーについて本を読んだら、そのころ放棄して忘れてしまったことを思い出せるのではないかと期待している。
女の子はグループを作るけど、小学校に入った頃にその事実に気づいて、理解できなかった。何故そんなに友達同士の仲間意識が強いのか、意味が分からなかった。自分も女である為、“女の子”社会で生きているうちに自然と身につけてしまったけど、女子のそのような気質というのは生来のものなのか、社会的なものか、人に因るのか、どうなのか。
私は中一ごろまでとても短髪だったため、小四くらいまでたまに男の子と間違えられた。それが楽しかった。中学入った頃、自分が女であることがいやで悩んだことがあった。なぜ男に生まれなかったのかと、割と真剣に悩んでいた。(といっても私は異性愛者である。) しばらくして、まぁ、そんな悩みはなくなったけど、
結局よくわからないや。
ジェンダーフリーということで、将来もし結婚できたらこどもは三人くらいほしいけど、一人は私が生むから、二人は旦那さんに生んでほしい。男女平等である。三人だから平等にはならないけど、力仕事だから旦那さんに頼みたい。
と、馬鹿なことを言ってみる。
今、ベッドに座り壁にもたれ、レースカーテンの向こうに時計台の明かりを見ながら打ってる。空が明るくなってきた。眠れない。
昨日は体調を崩してしまって、学食で朝昼兼用の食事をとり、薬と食糧を買って帰ってきてから、ほとんど横になっている。近頃の例の如く昼寝をしてしまったので全然ねむれない。今日は久々な友人たちに会える。楽しみ。早く寝なければ。
どうでもいいことだが、女であることが楽でもあり、わずらわしくもある。
クスノキで一晩中そらを見ていたい。バッグパックひとつで旅してみたい。なかなか難しい。 そして私は出会い厨でない。リアルでコミュ賞である。
知らない人についていってはいけない、とは、小さい頃から言われていたはずなのに、何故忘れていたのか。馬鹿である。そして、怖い。
ずっと前に友人から、何かジェンダーについての本を一冊読んでみたらいいと勧められた。気づかないうちに普段どれほど縛られているか気づくことがあるそうだ。私はジェンダー論というのは食わずぎらいだし、せっかくだから、いつか読んでみようと思う。←メモ
確かに高校入ったころ、社会的性を強く感じるようになっていやだった。別に何かから外的圧力があったわけでは全くなく、ひとりで勝手に感じていたけど、いやだった。しばらくして、どうでもよくなった。そんなこと考えても実生活でなんにもならないから。どうでもよくなった一方で、こうやって擦れていくのか、と思った。別に大人になることは擦れていくことには限らないけど、なんか、大人になるにつれ擦れるというのはこんな感じなのかと思ったりしてた。
ジェンダーについて本を読んだら、そのころ放棄して忘れてしまったことを思い出せるのではないかと期待している。
女の子はグループを作るけど、小学校に入った頃にその事実に気づいて、理解できなかった。何故そんなに友達同士の仲間意識が強いのか、意味が分からなかった。自分も女である為、“女の子”社会で生きているうちに自然と身につけてしまったけど、女子のそのような気質というのは生来のものなのか、社会的なものか、人に因るのか、どうなのか。
私は中一ごろまでとても短髪だったため、小四くらいまでたまに男の子と間違えられた。それが楽しかった。中学入った頃、自分が女であることがいやで悩んだことがあった。なぜ男に生まれなかったのかと、割と真剣に悩んでいた。(といっても私は異性愛者である。) しばらくして、まぁ、そんな悩みはなくなったけど、
結局よくわからないや。
ジェンダーフリーということで、将来もし結婚できたらこどもは三人くらいほしいけど、一人は私が生むから、二人は旦那さんに生んでほしい。男女平等である。三人だから平等にはならないけど、力仕事だから旦那さんに頼みたい。
と、馬鹿なことを言ってみる。
今、ベッドに座り壁にもたれ、レースカーテンの向こうに時計台の明かりを見ながら打ってる。空が明るくなってきた。眠れない。
2012/05/23
金環日食
昨日(21日)はすばらしい金環日食であった。農学部グラウンドで観測会があると聞いていて、どうしようか迷ったのだけど、結局かねてからここへ行こうと決めていた場所へ見にいった。
(農学部グラウンドには8000人が詰めかけたということで、行かなくてよかったw。でも、8000人がどれほどなのか見当もつかないので、見てみたかった気もする。後で一応グラウンドにも行ってみようと思っていたので、日食後に様子を見にいったのだけど、すでにがらんとしていて、十数人の人たちが片づけをしていた。)
行った場所は多いときで30人くらいがいたと思う。ある同好会の知らない方に、ピンホールで映し出した三日月のような太陽を見せていただいたり、知らない方々に遮光板を貸したり、知らない方に金環時のきれいな写真を見せていただいたりして、とても楽しかった。大学の警備員さんも一緒に楽しんでおられた。
最初、その場所へ行ってしばらく一人で見ていたら、偶然(?)友人たちも来て、一緒に見ていた。かなりはしゃいでいたと思う。楽しかった。そらがすばらしかった。こもれびがいい感じにまるくなっていた。金環のときはあいにく、遮光板に見える太陽が小さいせいか、ほんとにちゃんと輪っかになっているのか、細くてよくわからなかった。
金環が終わり、欠けが小さくなってきて、友人たちは朝食を食べに行ってしまったので、それから日蝕が完全におわるまで見守ることにした。陽射しが強くなり顔を袖でおおって、遮光板を目元に当てながらベンチで寝っ転がっていたので、きっと変人だっただろう。周りの人は、もうあまり日蝕を気にしていないようだった気がする。
太陽が月に隠れていくとき、そらは夕方のようになんとなく暗くなり、でも青いままで、綺麗だった。まさにめったに見れるものではない。そのときの写真を携帯の背景にしたら、ホーム画面にするたびいつもダイナミックだ。その青空にTwitterのアイコンの青がまたよく合うのである。w
(農学部グラウンドには8000人が詰めかけたということで、行かなくてよかったw。でも、8000人がどれほどなのか見当もつかないので、見てみたかった気もする。後で一応グラウンドにも行ってみようと思っていたので、日食後に様子を見にいったのだけど、すでにがらんとしていて、十数人の人たちが片づけをしていた。)
行った場所は多いときで30人くらいがいたと思う。ある同好会の知らない方に、ピンホールで映し出した三日月のような太陽を見せていただいたり、知らない方々に遮光板を貸したり、知らない方に金環時のきれいな写真を見せていただいたりして、とても楽しかった。大学の警備員さんも一緒に楽しんでおられた。
最初、その場所へ行ってしばらく一人で見ていたら、偶然(?)友人たちも来て、一緒に見ていた。かなりはしゃいでいたと思う。楽しかった。そらがすばらしかった。こもれびがいい感じにまるくなっていた。金環のときはあいにく、遮光板に見える太陽が小さいせいか、ほんとにちゃんと輪っかになっているのか、細くてよくわからなかった。
金環が終わり、欠けが小さくなってきて、友人たちは朝食を食べに行ってしまったので、それから日蝕が完全におわるまで見守ることにした。陽射しが強くなり顔を袖でおおって、遮光板を目元に当てながらベンチで寝っ転がっていたので、きっと変人だっただろう。周りの人は、もうあまり日蝕を気にしていないようだった気がする。
太陽が月に隠れていくとき、そらは夕方のようになんとなく暗くなり、でも青いままで、綺麗だった。まさにめったに見れるものではない。そのときの写真を携帯の背景にしたら、ホーム画面にするたびいつもダイナミックだ。その青空にTwitterのアイコンの青がまたよく合うのである。w
2012/05/22
「肉体はこの“時”間と“空”間に拘束されている。まさしく、時空を越えて過去の人間に会いに行くことはできない。一度瞬きすれば、もう瞬きする前の自分には戻れない。ほらこうやって無意味な考えをしている内にも。時の移ろいと奥行きのなかで、不可抗力的にこの肉体は衰える。嗚呼、私はこの世に生を受ける前のこの世を知らないように、何千年もこの世を生きて見続けることはできない。
躰は単なる容れ物ではないのだ。躰が自由でなければ、自由でいられないのだ。体は私を拘束し、私を自由にする。」
「手の甲は露骨に老いを露す。細かい皺。ほんの何年か前とは明らかに違う。幼い頃、四十代だった母の手を見ながら、四十代になるとこういう感じになってしまうのかと思ったのだけど、今自分の手を見ていると、こうしてそのような手に近づいていってるのを感じる。この、生き物としての衰えはまだまだ初期だが、間違いなく始まっている。以前年下の上回生に、「ハタチ過ぎたら老化が始まるからね~w」と言われたが、ハタチではまだそんなことはないように思うけど、少し過ぎたら本当に始まってしまうのだと実感してしまった。それは正直、手の甲以外の場所にも表れてきている。
いくら見た目が幼いと言われても、自分のヒトとしての身体も例外ではない。それは、身長の伸びが止まってしまったころに感じたソレや、高校卒業後に日焼け跡が一年経っても消えなくなってしまったときのアレに近い。」
躰は単なる容れ物ではないのだ。躰が自由でなければ、自由でいられないのだ。体は私を拘束し、私を自由にする。」
「手の甲は露骨に老いを露す。細かい皺。ほんの何年か前とは明らかに違う。幼い頃、四十代だった母の手を見ながら、四十代になるとこういう感じになってしまうのかと思ったのだけど、今自分の手を見ていると、こうしてそのような手に近づいていってるのを感じる。この、生き物としての衰えはまだまだ初期だが、間違いなく始まっている。以前年下の上回生に、「ハタチ過ぎたら老化が始まるからね~w」と言われたが、ハタチではまだそんなことはないように思うけど、少し過ぎたら本当に始まってしまうのだと実感してしまった。それは正直、手の甲以外の場所にも表れてきている。
いくら見た目が幼いと言われても、自分のヒトとしての身体も例外ではない。それは、身長の伸びが止まってしまったころに感じたソレや、高校卒業後に日焼け跡が一年経っても消えなくなってしまったときのアレに近い。」
2012/05/12
「道」について書きなさい.
嗚呼、とても楽しい休日だ。
3日くらい(?)前から気になることがあって、気になっているのだけど、まあ気にしないほうがいいのかもしれぬ。でも忘れたくはないな。
高校入試の時、国語の作文の問題で 「道」について書きなさい. という問題があった。400字くらいだったとおもう。そこで私は何を思ったのか、何を血迷ったのか、道路について書いてしまった。
(ほんと正常な判断力をなくしてしまって、たとえば人生についてだとか、そんな抽象的な話題でいいのか? という訳の解らぬ思考に陥り、字の表わす具体的意味のまま、道について書いてしまった。)
家に帰ってから親にさんざんいろいろ言われた。中学の先生は以前から「作文0点で受かった子は今までで一人しか見たことがない」と仰っていたので、もう、落ちたかもしれないという不安でいっぱいだった。作文の練習として書いていた書道について書けばよかった、とも後になって思った。
結果、合格できたのだけど、成績開示を見ると国語だけ他の科目より20点ほど低かった と思う。たぶん内容が悪かったのだろう。高校二年か三年の時、国語の先生が授業で仰っていたのだが、「君らのときは「道」についてでしたね。作文の採点をしていると、皆同じようなことばかり書いてて飽きてくる。そんなとき、たまに、ほんとうにその辺の道路について書いている人がいるんですね、「おおっ!」ってなりますよ。新鮮で、好感度高いですよ。」という感じのことを言ってらしたので、きっと私のは内容が宜しくなかったのだと思う。
今ここにいる方向性は惰性の延長なのかもしれぬ。ここにいるのは決して惰性ではないけれど。
高校時代私はとりあえずKUに行きたかった。高二の真ん中で文理分けがあったので、そこでもう志望学部を決めねばならぬことになった。学部はKUに在る学部から消去法でだいたい選んだ。興味のないのは消極的に、あるのは積極的(?)に。行く手にのこったのが法・理・医だった。
医は人の命に直接関わるから私には無理だと思った。それで理と法が残った。理を残したのは、小学生のころ宇宙が大好きで、科学者になりたいと思っていたことがあったからだ。ただ高二の真ん中の時点で私は理科が全然できなかった。また、理学部に行ったからといって、将来何になるのかなんてまったく見当もつかなかった。
一方法を残したのは、漠然と公務員がいいなぁという気があったからだ。職が安定しているし。(でも、どんな道に進むとしてもやるならとことんやりたいとは思っていた。)
文理分けの最終希望調査の前日まで決まらなかった。その日、担任の先生に面談してもらって、そこでは「じゃあ、明日は理系でだすか。」ということで話は終わった。私は全然整理がついてなかった。帰ってまた考えて、結局次の日、文系で希望を提出した。
たぶん、将来のこととか、数学的ひらめきを自分は持ち合わせていないことや、高三の一年間で数Ⅲ・Cをやらねばならぬこと、またそれらが難しいと聞いていたこと、ついでに理科が当時全然できなかったことを気にしなければ、殊に将来のことを気にせず、純粋に興味だけで選んだら、私は理系に行きたかったのだろうな。
あのころ考えすぎてごく普通の判断ができなくなっていた。頭の中訳分からぬ状態だった。私は浪人したくなかった。(これは自分以外のプライバシーにかかわるのでここには書けぬが、)ある身近な人の場合を考えたら、私はそうなりたくはなかった。だから最初から文系にしようと思ったのだ。(結局何浪もしてしまったからそんな心配は無意味だったw。それに、その人の道はその人のものだから私には関係がないのに、なんでそんな思考をしてしまったのか、ほんと意味がわからない。)
文系に進んだ後も、卒業して浪人してた頃も、文系に行ったことを後悔していた。かといって理転しなかったのは、理系に行ったからといって具体的に何かしたいことがあったわけではなかったからだ。(仮に最初から理系に行っていたとして、そのときはきっと大学に入ってからいやでも見つけなきゃいけなかっただろう。)
KUに落ちて諦め、大学に入学したところで出会った学問は面白いものであった。それは社会科学の一つで、それまで「社会科学?社会なのに科学?意味不明」と思っていて、しばらく自分の学んでいることが社会科学であることを知らなかった。 あとになってKUを諦められなくなり、再び挑戦しようと思い、KUに入れたら集中してこれをできる!という気概であった。いつの間にか理系に行けばよかったというのを忘れ去っていた。まぁ、とにかくKUに入りたかった。
ここに来たことで、前に続けうる道は限られてしまったように思うけれど、どうしたらいいんでしょうかね、就職。(^ω^) 学ばなきゃね
・・・なんか、ここでこうやって晒しちゃって、恥ずかしい/// ←
まぁ、そんなに見られることはないだろう ないよねー
ぼくの後ろにできた道でした.
3日くらい(?)前から気になることがあって、気になっているのだけど、まあ気にしないほうがいいのかもしれぬ。でも忘れたくはないな。
高校入試の時、国語の作文の問題で 「道」について書きなさい. という問題があった。400字くらいだったとおもう。そこで私は何を思ったのか、何を血迷ったのか、道路について書いてしまった。
(ほんと正常な判断力をなくしてしまって、たとえば人生についてだとか、そんな抽象的な話題でいいのか? という訳の解らぬ思考に陥り、字の表わす具体的意味のまま、道について書いてしまった。)
家に帰ってから親にさんざんいろいろ言われた。中学の先生は以前から「作文0点で受かった子は今までで一人しか見たことがない」と仰っていたので、もう、落ちたかもしれないという不安でいっぱいだった。作文の練習として書いていた書道について書けばよかった、とも後になって思った。
結果、合格できたのだけど、成績開示を見ると国語だけ他の科目より20点ほど低かった と思う。たぶん内容が悪かったのだろう。高校二年か三年の時、国語の先生が授業で仰っていたのだが、「君らのときは「道」についてでしたね。作文の採点をしていると、皆同じようなことばかり書いてて飽きてくる。そんなとき、たまに、ほんとうにその辺の道路について書いている人がいるんですね、「おおっ!」ってなりますよ。新鮮で、好感度高いですよ。」という感じのことを言ってらしたので、きっと私のは内容が宜しくなかったのだと思う。
今ここにいる方向性は惰性の延長なのかもしれぬ。ここにいるのは決して惰性ではないけれど。
高校時代私はとりあえずKUに行きたかった。高二の真ん中で文理分けがあったので、そこでもう志望学部を決めねばならぬことになった。学部はKUに在る学部から消去法でだいたい選んだ。興味のないのは消極的に、あるのは積極的(?)に。行く手にのこったのが法・理・医だった。
医は人の命に直接関わるから私には無理だと思った。それで理と法が残った。理を残したのは、小学生のころ宇宙が大好きで、科学者になりたいと思っていたことがあったからだ。ただ高二の真ん中の時点で私は理科が全然できなかった。また、理学部に行ったからといって、将来何になるのかなんてまったく見当もつかなかった。
一方法を残したのは、漠然と公務員がいいなぁという気があったからだ。職が安定しているし。(でも、どんな道に進むとしてもやるならとことんやりたいとは思っていた。)
文理分けの最終希望調査の前日まで決まらなかった。その日、担任の先生に面談してもらって、そこでは「じゃあ、明日は理系でだすか。」ということで話は終わった。私は全然整理がついてなかった。帰ってまた考えて、結局次の日、文系で希望を提出した。
たぶん、将来のこととか、数学的ひらめきを自分は持ち合わせていないことや、高三の一年間で数Ⅲ・Cをやらねばならぬこと、またそれらが難しいと聞いていたこと、ついでに理科が当時全然できなかったことを気にしなければ、殊に将来のことを気にせず、純粋に興味だけで選んだら、私は理系に行きたかったのだろうな。
あのころ考えすぎてごく普通の判断ができなくなっていた。頭の中訳分からぬ状態だった。私は浪人したくなかった。(これは自分以外のプライバシーにかかわるのでここには書けぬが、)ある身近な人の場合を考えたら、私はそうなりたくはなかった。だから最初から文系にしようと思ったのだ。(結局何浪もしてしまったからそんな心配は無意味だったw。それに、その人の道はその人のものだから私には関係がないのに、なんでそんな思考をしてしまったのか、ほんと意味がわからない。)
文系に進んだ後も、卒業して浪人してた頃も、文系に行ったことを後悔していた。かといって理転しなかったのは、理系に行ったからといって具体的に何かしたいことがあったわけではなかったからだ。(仮に最初から理系に行っていたとして、そのときはきっと大学に入ってからいやでも見つけなきゃいけなかっただろう。)
KUに落ちて諦め、大学に入学したところで出会った学問は面白いものであった。それは社会科学の一つで、それまで「社会科学?社会なのに科学?意味不明」と思っていて、しばらく自分の学んでいることが社会科学であることを知らなかった。 あとになってKUを諦められなくなり、再び挑戦しようと思い、KUに入れたら集中してこれをできる!という気概であった。いつの間にか理系に行けばよかったというのを忘れ去っていた。まぁ、とにかくKUに入りたかった。
ここに来たことで、前に続けうる道は限られてしまったように思うけれど、どうしたらいいんでしょうかね、就職。(^ω^) 学ばなきゃね
・・・なんか、ここでこうやって晒しちゃって、恥ずかしい/// ←
まぁ、そんなに見られることはないだろう ないよねー
ぼくの後ろにできた道でした.
| すっかり緑になったよねー |
2012/05/02
雨の御路
この2,3日の間に自分のしたいことの方向性が見えてきた気がする。まあ、漠然としているのでそのうち変わるかもしれない。方向性というのは、ぼんやりとこうあったらいいなという目標(目的)であって、それを実現するためにどういう手段(道)を採ればいいのかはまだわからない。
むかし、いつだったか、自分が生まれる前もこの空は青かったのか、数十年後も青いのだろうかと思った。 あるときには白黒映像(たぶん世界で初めて撮られた映像)を見ながら、白黒でも青かったのだろうと思った。
おそらく、ひどい大気汚染や天変地異が起きない限り、何百年後もそらはかがやき続ける。
ただ、そのそらを見る人々は、それを美しいと感じるだろうか。
遠い未来でなくても、いま絶望のどん底にいる人が、この景色を美しいと思うだろうか。
法学経済学本館の教室で、座る席がなくて(よく探せばあったのだろうけど)後ろのほうの窓辺に座りながら、附属図書館前の雨にぬれる赤レンガ風のみちをたまに眺めたりしていた。雨はあまり好きでないけど、ぬれてかがやく赤がしっとりと美しい。行き交う人はたいてい学生。講義の話は、自動車でひとをひき殺した場合の例。
嗚呼、目標を実現するためには、法を道具として身につけねばならぬ。不完全な人間が作ってきた法律。あまり好きではない。
ただ、それは先人達の努力の結晶である(というのは某映画の受け売り)。
実感がなくても、知らないうちに、社会を制御し統制している。法など知らなくても生きてゆける。
でも、知らないといけない。自分の道具としなければいけない。
こう書いてしまうと法曹に進むのかと思われそうだが、私は法曹へは行かない、たぶん。争いごとは嫌いだ。わざわざ他人の争いに首を突っ込みたくない。
まあ、弁護士の場合だと、仕事は裁判ばかりじゃないと聞くけど(知らんけど)。
自分の中でまだ漠然としているので具体的には書けない。
そんなに壮大なことを思い描いているふうには思わないけど、現時点での自分の状態からすると結構壮大かもしれない。まず講義についていけてない。
頑張れば何とか為ると思う。がむばれば。 手段はまだわからんけど、実現するにはたぶん上り詰めないといけないな。はは。
むかし、いつだったか、自分が生まれる前もこの空は青かったのか、数十年後も青いのだろうかと思った。 あるときには白黒映像(たぶん世界で初めて撮られた映像)を見ながら、白黒でも青かったのだろうと思った。
おそらく、ひどい大気汚染や天変地異が起きない限り、何百年後もそらはかがやき続ける。
ただ、そのそらを見る人々は、それを美しいと感じるだろうか。
遠い未来でなくても、いま絶望のどん底にいる人が、この景色を美しいと思うだろうか。
法学経済学本館の教室で、座る席がなくて(よく探せばあったのだろうけど)後ろのほうの窓辺に座りながら、附属図書館前の雨にぬれる赤レンガ風のみちをたまに眺めたりしていた。雨はあまり好きでないけど、ぬれてかがやく赤がしっとりと美しい。行き交う人はたいてい学生。講義の話は、自動車でひとをひき殺した場合の例。
嗚呼、目標を実現するためには、法を道具として身につけねばならぬ。不完全な人間が作ってきた法律。あまり好きではない。
ただ、それは先人達の努力の結晶である(というのは某映画の受け売り)。
実感がなくても、知らないうちに、社会を制御し統制している。法など知らなくても生きてゆける。
でも、知らないといけない。自分の道具としなければいけない。
こう書いてしまうと法曹に進むのかと思われそうだが、私は法曹へは行かない、たぶん。争いごとは嫌いだ。わざわざ他人の争いに首を突っ込みたくない。
まあ、弁護士の場合だと、仕事は裁判ばかりじゃないと聞くけど(知らんけど)。
自分の中でまだ漠然としているので具体的には書けない。
そんなに壮大なことを思い描いているふうには思わないけど、現時点での自分の状態からすると結構壮大かもしれない。まず講義についていけてない。
頑張れば何とか為ると思う。がむばれば。 手段はまだわからんけど、実現するにはたぶん上り詰めないといけないな。はは。
2012/04/27
陽射し
bot
ねむーい!ねむいよー!
二時半くらいに帰ってきてやろうと思っていた英語の予習を今からやりますよー!(botなんて作ってるから)
ふとした思いつきで「そうだ、bot作ろう」と思って夢中になってしまった。
最初、検索して見つけた、programmingを知らなくても作れる、phpを使った簡単なbotの作り方が書かれたサイトを見つけて、 bot用のtwitter accountを作ったり、レンタルサーバー借りたりしてやってみたのだけど、 うまくいかなくて、よく分からなかったので、(そもそもphpってなんですか(゚∀°))
他に作り方ないかなあ と、もっかい検索かけてみたら、 ふつうに、ログインするだけでbotを作れるサイトを見つけたので、それでしました。
機能もほぼいっしょだったしw
いやあ、おもしろいね☆
予習は日が昇ってからでもいいかしら←←
はい。ごめんなさい。がむばります。。
二時半くらいに帰ってきてやろうと思っていた英語の予習を今からやりますよー!(botなんて作ってるから)
ふとした思いつきで「そうだ、bot作ろう」と思って夢中になってしまった。
最初、検索して見つけた、programmingを知らなくても作れる、phpを使った簡単なbotの作り方が書かれたサイトを見つけて、 bot用のtwitter accountを作ったり、レンタルサーバー借りたりしてやってみたのだけど、 うまくいかなくて、よく分からなかったので、(そもそもphpってなんですか(゚∀°))
他に作り方ないかなあ と、もっかい検索かけてみたら、 ふつうに、ログインするだけでbotを作れるサイトを見つけたので、それでしました。
機能もほぼいっしょだったしw
いやあ、おもしろいね☆
予習は日が昇ってからでもいいかしら←←
はい。ごめんなさい。がむばります。。
2012/04/26
2012/03/20
時計
バスに乗っててたまたま時計の絵が掲げられてるのを見てふと思ったのだけど、
デジタルだけどアナログみたいに見える時計ってあったりしないかな
一見針のあるふつうの丸い時計だけど、じつは秒針も文字盤も全部画面に表示されてるだけみたいな
あったらおもしろいのに
とくに意味はないけど。
デジタルだけどアナログみたいに見える時計ってあったりしないかな
一見針のあるふつうの丸い時計だけど、じつは秒針も文字盤も全部画面に表示されてるだけみたいな
あったらおもしろいのに
とくに意味はないけど。
2012/03/10
2012/03/07
でんしゃう
眠いんだ とってもとっても眠いんだ
改めて自分は恵まれてるな と思ったわけです 何かにつけて
居場所があるのはうれしいことです
一度やめてしまった所なのですよ それを温かく迎えてくださるのです
世代交代はさびしいなあ
あ~飲み会行きたかった 帰りが遅くなるからいけなかった(>_<)
はやく下宿したい~
正直近頃体調がよろしくない
早寝が一番ですな
ちなみに「でんしゃう」というのはfollowerさんの真似なのです。
好きです、でんしゃう。
改めて自分は恵まれてるな と思ったわけです 何かにつけて
居場所があるのはうれしいことです
一度やめてしまった所なのですよ それを温かく迎えてくださるのです
世代交代はさびしいなあ
あ~飲み会行きたかった 帰りが遅くなるからいけなかった(>_<)
はやく下宿したい~
正直近頃体調がよろしくない
早寝が一番ですな
ちなみに「でんしゃう」というのはfollowerさんの真似なのです。
好きです、でんしゃう。
2012/03/02
京都は雨か。大阪は特には降ってなかった。 3月2日
朝から空がどんよりして、気が重い(´Д`)天地有情
でもそんなときでも、#そんな今が人生(←followerさんのぱくりだけど←)
と思うと、ああこれも人生だなと、思うわけです。(何
考え事しててふと思い出したのだけど、しばらく前に図書館で医学書を立ち読みしてたら、『ヒトの受精卵の胚は、31%の確率で自然流産に至る』って内容が書いてあって、びっくりした。それって、一組のカップルに3人の子どもがいたとしたら、一人分の受精卵は高い確率で、母親が知らないうちに流れてしまってるってことだよね。恐ろしいことだ。
前テレビで、アメリカの女性が、人工授精して保存してた11個の胚を一度にお腹に戻して、八つ子の赤ちゃんが産まれたというのがやっていたので、確率的にはそんな感じなんだなあと思った。生まれてこなかったというのはきっと、受精卵に何かしらの問題が有ったからなんじゃないかとは思うけど(知らないけど)、受精卵の時点で命だと私個人は思っているので、知らないうちに流れてるっていうのは、なんだか悲しいことだ。(逆に、分かったうえで流れていくとしたら、それはそれで親本人が非常に悲しいことだろうけど。)
ところで、前々からTwitterで言ってたりするんだけど、
自殺は社会問題化するのに、どうして中絶は社会問題化しないのか?
この国で、毎年自殺者が三万人越えてて、「これは大変な数だ」「何か対策を講ずるべきだ」とよく言われる。もちろん、自殺は大変な問題だ。
だけど、数が取り上げられるのなら、その何倍も起こっている人工妊娠中絶は何故社会問題化しないのか?
別に私は、中絶したひとを非難したり責めるつもりは無い。「産む産まないは女が決める」という標語も、それはそれでいいと思う。ただ、生まないなら、最初からつくるなよと言いたいのだ。
理由は様々だろうけど、犯罪によるものとかは別として、年齢が若すぎるから・又は高齢だから、経済的に育てられないから、などの環境の理由で堕ろすのなら、育てられない状況だというのは最初から分かっているはずだから、最初からつくるなよと言いたい。赤ちゃんのためにも、堕ろす女性や、その相手のためにも。
以前、大学の後期の一般教養の授業でグラフを見せられた。都道府県ごとの、十代の女の子千人あたりの、中絶した人数のグラフだった。だいたいどの都道府県も、数人から十数人だったので、100人に1人くらいの十代の女の子が中絶経験があるのではなかろうかと思った。手元にそのグラフがないので正確な数は分からないけど、それって多くない?
・・・と、ずっと思っていたことを書いてきたが、、
どうやら中絶比率は下がってきているようだ。
http://www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/Popular/P_Detail2011.asp?fname=T04-21.htm&title1=%87W%81D%8Fo%90%B6%81E%89%C6%91%B0%8Cv%89%E6&title2=%95%5C%82S%81%7C21+%90l%8DH%94D%90P%92%86%90%E2%90%94%82%A8%82%E6%82%D1%95s%94D%8E%E8%8Fp%90%94%81F1949%81%602009%94N%81G
(国立社会保障・人口問題研究所 人工妊娠中絶数および不妊手術数:1949~2009年)
2009年では1000人中8.2件。以前はもっと多かったらしい。1953年に急増して(52年に法改定して緩くなったようだ)1961年まで100万件を超えている。
でもそれでも2009年で一年で221,980件の人工妊娠中絶が 行われているので、すごい数だ。
(ちなみに昨日3月1日に「自殺は社会問題化するのに中絶が社会問題化しないのはどうして?日本人の最多死亡原因より多いんでしょ?」というtweetをしたけど、今は死因第一位の悪性新生物のほうが多いようだ(2010年で353,318)。 すみません。)
調べだすともう途方もなくなってしまった。
それから、ちょっと話は変わるけど、後期の専門の授業で、先生が学生に手を挙げさせてアンケート?を取られた。「ひとの命の始まりはいつからか」というものだった。受精前の卵からか、受精卵になった時か、着床した時か、お腹の中で動きだす頃か、生まれるときか、項目はだいたいそんな感じだったと思う。まぁ、家族法の講義だったので、民法では分娩にしても、体の一部が露出した時とか、全部露出した時とかが問題になるらしいし。
受精卵からが大多数だろうと思ったのだけど、一番後ろに座ってたのでみんなの挙手を見てたら、そんなに多くなくて意外だった。「一般調査では受精卵からだと答える人が多い」と先生は仰っていたように思う(記憶が曖昧)。
あの時の挙手でそんなに多くなかったのは、学部柄なのか、そうでもないのか、気になるところである。
でもそんなときでも、#そんな今が人生(←followerさんのぱくりだけど←)
と思うと、ああこれも人生だなと、思うわけです。(何
考え事しててふと思い出したのだけど、しばらく前に図書館で医学書を立ち読みしてたら、『ヒトの受精卵の胚は、31%の確率で自然流産に至る』って内容が書いてあって、びっくりした。それって、一組のカップルに3人の子どもがいたとしたら、一人分の受精卵は高い確率で、母親が知らないうちに流れてしまってるってことだよね。恐ろしいことだ。
前テレビで、アメリカの女性が、人工授精して保存してた11個の胚を一度にお腹に戻して、八つ子の赤ちゃんが産まれたというのがやっていたので、確率的にはそんな感じなんだなあと思った。生まれてこなかったというのはきっと、受精卵に何かしらの問題が有ったからなんじゃないかとは思うけど(知らないけど)、受精卵の時点で命だと私個人は思っているので、知らないうちに流れてるっていうのは、なんだか悲しいことだ。(逆に、分かったうえで流れていくとしたら、それはそれで親本人が非常に悲しいことだろうけど。)
ところで、前々からTwitterで言ってたりするんだけど、
自殺は社会問題化するのに、どうして中絶は社会問題化しないのか?
この国で、毎年自殺者が三万人越えてて、「これは大変な数だ」「何か対策を講ずるべきだ」とよく言われる。もちろん、自殺は大変な問題だ。
だけど、数が取り上げられるのなら、その何倍も起こっている人工妊娠中絶は何故社会問題化しないのか?
別に私は、中絶したひとを非難したり責めるつもりは無い。「産む産まないは女が決める」という標語も、それはそれでいいと思う。ただ、生まないなら、最初からつくるなよと言いたいのだ。
理由は様々だろうけど、犯罪によるものとかは別として、年齢が若すぎるから・又は高齢だから、経済的に育てられないから、などの環境の理由で堕ろすのなら、育てられない状況だというのは最初から分かっているはずだから、最初からつくるなよと言いたい。赤ちゃんのためにも、堕ろす女性や、その相手のためにも。
以前、大学の後期の一般教養の授業でグラフを見せられた。都道府県ごとの、十代の女の子千人あたりの、中絶した人数のグラフだった。だいたいどの都道府県も、数人から十数人だったので、100人に1人くらいの十代の女の子が中絶経験があるのではなかろうかと思った。手元にそのグラフがないので正確な数は分からないけど、それって多くない?
・・・と、ずっと思っていたことを書いてきたが、、
どうやら中絶比率は下がってきているようだ。
http://www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/Popular/P_Detail2011.asp?fname=T04-21.htm&title1=%87W%81D%8Fo%90%B6%81E%89%C6%91%B0%8Cv%89%E6&title2=%95%5C%82S%81%7C21+%90l%8DH%94D%90P%92%86%90%E2%90%94%82%A8%82%E6%82%D1%95s%94D%8E%E8%8Fp%90%94%81F1949%81%602009%94N%81G
(国立社会保障・人口問題研究所 人工妊娠中絶数および不妊手術数:1949~2009年)
2009年では1000人中8.2件。以前はもっと多かったらしい。1953年に急増して(52年に法改定して緩くなったようだ)1961年まで100万件を超えている。
でもそれでも2009年で一年で221,980件の人工妊娠中絶が 行われているので、すごい数だ。
(ちなみに昨日3月1日に「自殺は社会問題化するのに中絶が社会問題化しないのはどうして?日本人の最多死亡原因より多いんでしょ?」というtweetをしたけど、今は死因第一位の悪性新生物のほうが多いようだ(2010年で353,318)。 すみません。)
調べだすともう途方もなくなってしまった。
それから、ちょっと話は変わるけど、後期の専門の授業で、先生が学生に手を挙げさせてアンケート?を取られた。「ひとの命の始まりはいつからか」というものだった。受精前の卵からか、受精卵になった時か、着床した時か、お腹の中で動きだす頃か、生まれるときか、項目はだいたいそんな感じだったと思う。まぁ、家族法の講義だったので、民法では分娩にしても、体の一部が露出した時とか、全部露出した時とかが問題になるらしいし。
受精卵からが大多数だろうと思ったのだけど、一番後ろに座ってたのでみんなの挙手を見てたら、そんなに多くなくて意外だった。「一般調査では受精卵からだと答える人が多い」と先生は仰っていたように思う(記憶が曖昧)。
あの時の挙手でそんなに多くなかったのは、学部柄なのか、そうでもないのか、気になるところである。
2012/02/28
2月27日
国公立前期を受験された方々にお疲れ様でしたと言いたい。
この2日間、自分の受験の時のこととかを思い出してた。
これから中期や後期試験の準備をされる人もいるだろうし、合格発表まで待たれるのだろう。
たまに、元浪人生の受験体験談や、これから浪人する可能性の無くは無い人に対してのアドバイス的なものを読むことがある。
思ったのは、受験生それぞれ置かれた環境は違うということ。
至極当然のことだけど。
現役生でも、浪人は許されなくて後がない人もいるし、だめだったら浪人できる人もいる。
浪人するとしても、宅浪を選べば、それが良かったという人もいるし、自律出来なかった自分は宅浪はすべきでなかったと言う人もいるだろう。
また、予備校に行くとしても、ばっちり予備校がbackupしてくれるから良かったという人もいれば、
予備校は拘束されるから、ある程度切った方がいいと言う人もいるかもしれない。
加えて、予備校といってもいろいろあるから、どこを選ぶかによっても変わってくる。
また、時に、最初から仮面浪人するつもりで大学に入る人がいる。時に、入ってから気が変わって再受験しようという人もいる。
それがよかったかどうかは、結局、結果論だ。それぞれ統計を取って比べられるものかもしれないが、結果論だ。
選ぶのは自分自身だよな。自分に何があうのかも違うしな。
そして現実としての結果は受け止める以外ない。
世の中に五万と、浪人するか否かについてのアドバイスがあるだろう。
そのどれもが、各々の経験に基づいている。
ただ、それぞれが自分の置かれた状況から、自分にあったものを試行錯誤して選び取ったもの。
選ぶのは自分次第。
以上ごく当たり前のことをつらつら書いたわけだが。
私は浪人してでも合格できて良かったと思っている、つまり浪人して良かったと思っているけど、それは目的が達成できたからであって、
仮に現役で受かったとして、浪人したかったと思うだろうか。思うわけがない。
(中には、『大学受かったけど自分の人生経験的に浪人すべきなんじゃないか』というのをネットで見たことがある。つりかもしれないけど。)
ああ、何が言いたいのかわからん。
今日のこの記事では、日本の入試制度がどうとかというのは棚上げしてる。
大学に行きたい以上は現行制度に従うしかないし、それを変えたいにしても、そういう立場になってからじゃないと無理だろう。
大学入試は、大半は現役で受かるので、今の大学に入るまでに私が時間を費やしてきたのを馬鹿だと一蹴されるとしたら腹立たしいけど、
まあ、人目世間体を気にしてたら多浪など出来ないし(多少気になるけど)、
そもそも人目はどうでもいいことだ。
だれかの人生ではなく自分の道だからそれでいいのだ。
自己満足でいいじゃないか。
「お前の道を進め。人には勝手なことを言わせておけ。」
誰の言葉だったか、ダンテだったか覚えてないけど。
徒然と書きつけた。暇人なのです。おやすみなさい。
この2日間、自分の受験の時のこととかを思い出してた。
これから中期や後期試験の準備をされる人もいるだろうし、合格発表まで待たれるのだろう。
たまに、元浪人生の受験体験談や、これから浪人する可能性の無くは無い人に対してのアドバイス的なものを読むことがある。
思ったのは、受験生それぞれ置かれた環境は違うということ。
至極当然のことだけど。
現役生でも、浪人は許されなくて後がない人もいるし、だめだったら浪人できる人もいる。
浪人するとしても、宅浪を選べば、それが良かったという人もいるし、自律出来なかった自分は宅浪はすべきでなかったと言う人もいるだろう。
また、予備校に行くとしても、ばっちり予備校がbackupしてくれるから良かったという人もいれば、
予備校は拘束されるから、ある程度切った方がいいと言う人もいるかもしれない。
加えて、予備校といってもいろいろあるから、どこを選ぶかによっても変わってくる。
また、時に、最初から仮面浪人するつもりで大学に入る人がいる。時に、入ってから気が変わって再受験しようという人もいる。
それがよかったかどうかは、結局、結果論だ。それぞれ統計を取って比べられるものかもしれないが、結果論だ。
選ぶのは自分自身だよな。自分に何があうのかも違うしな。
そして現実としての結果は受け止める以外ない。
世の中に五万と、浪人するか否かについてのアドバイスがあるだろう。
そのどれもが、各々の経験に基づいている。
ただ、それぞれが自分の置かれた状況から、自分にあったものを試行錯誤して選び取ったもの。
選ぶのは自分次第。
以上ごく当たり前のことをつらつら書いたわけだが。
私は浪人してでも合格できて良かったと思っている、つまり浪人して良かったと思っているけど、それは目的が達成できたからであって、
仮に現役で受かったとして、浪人したかったと思うだろうか。思うわけがない。
(中には、『大学受かったけど自分の人生経験的に浪人すべきなんじゃないか』というのをネットで見たことがある。つりかもしれないけど。)
ああ、何が言いたいのかわからん。
今日のこの記事では、日本の入試制度がどうとかというのは棚上げしてる。
大学に行きたい以上は現行制度に従うしかないし、それを変えたいにしても、そういう立場になってからじゃないと無理だろう。
大学入試は、大半は現役で受かるので、今の大学に入るまでに私が時間を費やしてきたのを馬鹿だと一蹴されるとしたら腹立たしいけど、
まあ、人目世間体を気にしてたら多浪など出来ないし(多少気になるけど)、
そもそも人目はどうでもいいことだ。
だれかの人生ではなく自分の道だからそれでいいのだ。
自己満足でいいじゃないか。
「お前の道を進め。人には勝手なことを言わせておけ。」
誰の言葉だったか、ダンテだったか覚えてないけど。
徒然と書きつけた。暇人なのです。おやすみなさい。
2012/02/25
2012/02/24
2月24日 2
今日大学へ行くと、たくさんの受験生がいた。親御さんと一緒に来られている人が多かった。大学に着く以前から、京阪の出口から百万遍へ歩く間に、何度も受験生らしき人たちとすれ違い、下宿斡旋業者のアルバイトをしていると思われる学生らしき人も立っていた。
明日、2月25日から26・27日と、国公立大学の入試である。
私は受験生たちに混ざり、入試前日に張り出される注意事項に目を通した。何をやっているんだと思われるであろうけれど、これまで、前日に張られる説明書きを見に来たことがなかった。そこにはやはり、ごく普通の注意が書かれてあったが、「ここにちゃんと書いてあったのか!」と今更ながら気づかされる内容もあった。掲示板の前で受験生に囲まれ、傍からすれば受験生の如く立っていると、ぴりりとした、身が引き締まるあの感じが沸き起こった。自分が試験を受ける訳でも無いのに、まさにその新しい、且つ懐かしくもある感覚が蘇った。
私にとっては、五年ぶりに入試を受けなくていい2月25日、26日である。
そう考えると笑えてくる。新鮮でもある。この二日間はたいせつな日だ。毎年いろんなことがあった。出会いもあったし別れもあった。去年は集合時間に遅れそうだと思い、走ったが、でも時計台を拝んでいきたいと、わざわざ遠回りして正門から入った。大事な人に最後に会ったのはちょうど一年前の明日の夜だ。一番知られたくなかったのに、再受験のことを知られてしまった(笑)。
今日、注意事項を見ているときに感じたあの凜とした感覚は、なんというか、自分の原点だと思った。そこからすべて始まっているような気がした。春になると、まだ決して決まってはいないけど、新入生が入ってくる。この一年間で自分はぜんぜん成長していない。もちろん身につけた事もあろうけれど、今の大学の環境に慣れはしたが、成長はしてないと思う。
しかし、あの身の引き締まる感覚(緊張感ではない。緊張感と言うのかもしれないけど。)で、自分が遅れているという感覚は、どっかへ吹っ飛んでしまった。ただこれからを真剣にいきようという感覚だけだ。まるで棚上げしているようだ。まぁ、ええやん。
だけど、そのぴりりの感覚が過ぎ去ってしまうともう春眠欲であった。
しかしそうといっても、受験生を見ると、ただただ本当に「頑張って!」と心の中で思うのである。これから入試に挑む方々へ健闘を願っています。現役生も、浪人生も、何浪であっても、
この入試が第一志望なら、この試験で決まりますようにと、思っています。
明日、2月25日から26・27日と、国公立大学の入試である。
私は受験生たちに混ざり、入試前日に張り出される注意事項に目を通した。何をやっているんだと思われるであろうけれど、これまで、前日に張られる説明書きを見に来たことがなかった。そこにはやはり、ごく普通の注意が書かれてあったが、「ここにちゃんと書いてあったのか!」と今更ながら気づかされる内容もあった。掲示板の前で受験生に囲まれ、傍からすれば受験生の如く立っていると、ぴりりとした、身が引き締まるあの感じが沸き起こった。自分が試験を受ける訳でも無いのに、まさにその新しい、且つ懐かしくもある感覚が蘇った。
私にとっては、五年ぶりに入試を受けなくていい2月25日、26日である。
そう考えると笑えてくる。新鮮でもある。この二日間はたいせつな日だ。毎年いろんなことがあった。出会いもあったし別れもあった。去年は集合時間に遅れそうだと思い、走ったが、でも時計台を拝んでいきたいと、わざわざ遠回りして正門から入った。大事な人に最後に会ったのはちょうど一年前の明日の夜だ。一番知られたくなかったのに、再受験のことを知られてしまった(笑)。
今日、注意事項を見ているときに感じたあの凜とした感覚は、なんというか、自分の原点だと思った。そこからすべて始まっているような気がした。春になると、まだ決して決まってはいないけど、新入生が入ってくる。この一年間で自分はぜんぜん成長していない。もちろん身につけた事もあろうけれど、今の大学の環境に慣れはしたが、成長はしてないと思う。
しかし、あの身の引き締まる感覚(緊張感ではない。緊張感と言うのかもしれないけど。)で、自分が遅れているという感覚は、どっかへ吹っ飛んでしまった。ただこれからを真剣にいきようという感覚だけだ。まるで棚上げしているようだ。まぁ、ええやん。
だけど、そのぴりりの感覚が過ぎ去ってしまうともう春眠欲であった。
しかしそうといっても、受験生を見ると、ただただ本当に「頑張って!」と心の中で思うのである。これから入試に挑む方々へ健闘を願っています。現役生も、浪人生も、何浪であっても、
この入試が第一志望なら、この試験で決まりますようにと、思っています。
2月24日 1
Blogger(このサイト?)を開始します。再開するというか、新たに始めます。
本当は4月に下宿を始めてからにしようと思ったのだけど、
ちょっと書きたくなったので。自己満足的なものです。お気になさらず。←
それから、なぜかこの携帯だと、普通の作成で書こうとすると文字が打てないので、HTMLで打ってます。どうやったら普通に打てるのでしょうか。
本当は4月に下宿を始めてからにしようと思ったのだけど、
ちょっと書きたくなったので。自己満足的なものです。お気になさらず。←
それから、なぜかこの携帯だと、普通の作成で書こうとすると文字が打てないので、HTMLで打ってます。どうやったら普通に打てるのでしょうか。
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